純粋挨拶不要論

挨拶の必要性に関する個人の認識って親の教育に依存するよね。

なのに「挨拶しない=人として最低」って言う人いまくるよね。

 

私は両親からそういった教育を受けてこなかった人であり、おそらくそれが大きく影響して挨拶不要派に属している。

とはいってもあらゆる挨拶が不要だと思っているわけではない。

 

この記事を書いた意図は私が言いたいことを言いたいから。

別に誰も言ったことのない新しい論考をするつもりはなく、おそらくどこかで言い古された論だと思いつつ書いてゆく。

きっかけは転職先の社長が挨拶大好きおじさんだったこと。

と、これ。

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あと会社の清掃員が嫌々感を出しまくりながら義務的な挨拶するのがすごく不愉快だったから。

なお、きっかけと意図との関連は無い。

 

  ◆  ◆  ◆

 

私が努めている会社は数千人規模のそれなりに大きな会社なんだけど、

その会社の社長が社員に向かって「私に挨拶しろ」って言ってるわけよ。

まぁ、するわけないよね。

 

挨拶はコミュニケーションだって言う人いるけど、私は挨拶はコミュニケーションに入らないと思ってる。

この時点で私と考えの異なる人が沢山いるんだろうと思う。

ただ、残念ながら私は挨拶しただけで「あぁ、コミュニケーションしたなぁ」と感じたことはない。

この感覚は個々人の幼少期の教育に起因するのかもしれない。

というわけで、これ以降の話は「挨拶はコミュニケーションに入らない」を前提として話を進める。

 

私にとっての挨拶とは、コミュニケーションのきっかけである。

初対面の人と話をする時に挨拶なしにコミュニケーションを取ることはない。

気心知れた間柄でも、形式張った形ではないものの何らかの形で挨拶と同様の機能を果たすアクションや言葉でコミュニケーションのためのきっかけを作成している(「ねぇねぇ」とか、肩を叩く、とか)。

 

「その人と関わりのない状態」から、「その人とコミュニケーションを取っている状態」へと遷移するために必要な中間状態が挨拶である。

 

では、社長に挨拶をしてコミュニケーションが成立することはあるだろうか。

10000000%無い。

社長は一般社員の事などいつのまにかに湧いて出てそこらじゅうを這い回る虫だと考えているのだろうし、おそらく目を合わせてくれることさえ無いだろう。

当たり前だ。

身分が違いすぎるのだから。

 

特に日本とはただでさえ他人とのコミュニケーションが発生しない文化だ。

身分の違いがあればなおさらである。

 

故に人間関係がフランクな国では挨拶が盛んなのだろう。

海外では偶然エレベータで乗り合わせたとか、そんなきっかけで他人との会話が始まったりするらしいし(ソース不明)。

だったら挨拶するよね。

 

なので、どうしても社員に挨拶させたい社長はそこらじゅうの社員に片っ端から話しかけて、天上人たる社長さんともコミュニケーションが発生しうるということをアピールすればいいんじゃないですかね。

そしたら挨拶されますよ。

社長がそんなことするなんてありえないけどね。

 

以上が社員目線の話。

 

じゃあ社長目線からなぜ挨拶を要求するのか考えてみると、多分

「社員に無視されるのが嫌だから」なんだよね。

そりゃ自分の会社で社員に無視されるのは嫌だよね。

でも社長は自分の会社の社員なんて虫ケラか何かだと思ってもいるんだよね。

その心情を悪意を持って翻訳すると、

「私はあいつらのことなんてどうでも良いが、あいつらは私を崇拝しなければならない」

ってことになるんじゃないかな。

まぁ、仕方ないよね。

社長がいないと社員は困るが、社員が一人二人消えたって社長は困らない。

で、

無視されるのが嫌

 ↓

無視以外の行動を取れ

 ↓

挨拶させよう

という思考回路で挨拶に行き着いたのだと思われる。

つまり、挨拶の後のコミュニケーションを期待した挨拶ではなく、「我々はあなたを無視していませんよ」という意思表示のための挨拶。

このタイプの挨拶を求めているのであれば、社長に対しての「社員とコミュニケーション取れば挨拶されますよ」なんてまったく明後日の方向のアドバイスだよね。

 

私にとっては最初に話した「コミュニケーションのための挨拶」というのが挨拶たるべき挨拶で、「意思表示のための挨拶」とは別の名前がついてほしいとさえ思う。

このタイプの挨拶は本当に何の意味もない、いわゆる「挨拶のための挨拶」だ。

 

で、私はこの手の挨拶が大嫌いだ。

子供やビル清掃員がただの義務でこういった挨拶をするのは不愉快極まりない。

店でもそうだ。

コンビニや飲食店のような店員とのコミュニケーションが発生しうる状況での挨拶なら良いが、ブックオフなんかでは客が誰も入ってきていない状態でも既存の客に対して「いらっしゃいませ」と言う。

社長も寂しいのは我慢しろ。

マンション住人もどうせ子供とコミュニケーション取る気なんかないんだろ。挨拶なんてやめちまえ。

 

なので、「挨拶もできないとは社会人失格だ」と言われているのを見るとゲンナリする。

 

まともな教育を受けた人はそんな事は感じないみたいなので、言ってもどうしようもないことだけど。

 

挨拶の起源としてはどちらが先なのだろう。

とか思うけど興味もないのでここで終わる。

 

この記事のタイトル、不要論とか言ってしまったけど、論じゃないね、これ。